尊敬する歴史上の人物Part1

皆さんは尊敬する歴史上の人物はいますか?
いない人もいれば、人によっては尊敬する人物が人生に大きな影響を与えている場合もあるかと思います。
今回は私が尊敬する歴史上の人物の中から1人を紹介します。
私が尊敬する歴史上の人物は 『 石田三成 』です。
大一大万大吉という光成の旗印の言葉が有名ですね。
どのような点を尊敬できるかというと
卓越した政治の才に加え、個人としても情に熱く、人として強い芯を持っているという点です。
卓越した政治の才については豊臣家の家臣として太閤検地などさまざまな取り組みを行っていたことは皆さんご存知だと思いますので割愛します。
特に尊敬する点として挙げられるのは、やさしさがあり情に熱い、人として強い芯を持っているという点なのですがその2点について書いてみます。
まず、やさしさがあり情に熱いということを裏付けるエピソード(逸話)と、実話として下記があります。
①大谷吉継との茶会でのエピソード
ある茶会で茶の回し飲みをしており、病気で皮膚がただれていた大谷吉継が茶を飲む際に顔の膿が茶に落ちてしまいました。
吉継より後に茶を飲む大名は茶を飲まず、次々に茶を回していましたが光成はそれを気にせず飲み干したという話。
そこから2人の仲は急激に深まったと言われています。
人として強い芯を持っていることを裏付けるエピソード
①関ケ原の戦いに至るまでの経緯
関ケ原の戦い前以前から、徳川家康より敵視され屋敷に襲撃を受けるなど相当な恐怖を感じながらも
関ケ原の戦いまでに毛利輝元、宇喜多秀家ら大型大名をはじめとする各地の大名をまとめ上げ決戦まで進めた。
挙兵しなければ命まで失うことはなかったでしょう。
主君の為に全てを投げうって生きる様はあまり今の時代には見られないですね。
私の持論ではありますが、天下分け目の決戦の各リーダー
光成と家康の決定的な違いは端的に言うと
家康は自己の野望の実現の為。
光成は豊臣家存続(主君)の為であったということです。
結果的には関ケ原の戦いにて光成は家康に敗れ、京都で処刑されてしまいます。
その後豊臣家は滅び、新たに長い江戸時代が始まるのです。
処刑前の干し柿のエピソードもとてもかっこいい話があるので興味がある方は調べてみてください。
自己の為ではなく人の為に生きる姿、光成公のような人物になりたいと心から思うばかりです。

